事件番号:JP2011-0011

                 裁  定


  申立人:
  (名称)シティバンク銀行株式会社
  (住所)東京都品川区東品川二丁目3番14号 シティグループセンター
  代理人:弁護士 高松 薫
      弁護士 入江 源太
  登録者:
  (名称)moving.citibank.jpこと日本ユナイテッド・システムズ株式会社
  (住所)東京都中央区銀座6丁目12番13号 大東銀座ビル2階11号


 日本知的財産仲裁センター紛争処理パネルは、JPドメイン名紛争処理方針、JPドメ
イン名紛争処理方針のための手続規則及び日本知的財産仲裁センターJPドメイン名紛争
処理方針のための手続規則の補則並びに条理に則り、申立書・答弁書・提出された証拠に
基づいて審理を遂げた結果、以下のとおり裁定する。


1 裁定主文
  ドメイン名「CITIBANK.JP」の登録を申立人に移転せよ。

2 ドメイン名
  紛争に係るドメイン名は「CITIBANK.JP」である。

3 手続の経緯
  別記のとおりである。

4 当事者の主張
a 申立人の主張の要旨
(1)登録者のドメイン名が、申立人が権利または正当な利益を有する商標その他表示と
同一または混同を引き起こすほど類似していること
ア 申立人の関連会社であるシティバンク・エヌ・エイ(以下、「米国シティバンク」とい
う。)は、登録1447343号商標(16類)、登録第3176413号商標(36類)、
商標登録第3221808号商標(36類)、登録第4469518号商標(36類)、登
録第4802712号商標(9,16、36、42類)、登録第4910939号商標(3
6類)(以下、「本件各商標」という。)を有しており、申立人は、これらの商標を使用する
ことにつき許諾を受けている。
イ 登録者は、ドメイン名「CITIBANK.JP」(以下、「本件ドメイン名」という。)をJPRS
に登録している。
ウ 本件ドメイン名の要部は、「CITIBANK」であり、申立人が使用許諾を受けている本件
各商標と全く同一または小文字と大文字の違いがあるだけであり、同一または誤認混同を
生ずるほどに類似している。したがって、本件ドメイン名は、申立人の商標と混同を生じ
させる。
(2)登録者が、当該ドメイン名に関係する権利又は正当な利益を有していないこと
ア 登録者は、申立人と何ら取引関係がなく、申立人が登録者に対し本件各商標の使用を
許諾したことはなく、本件ドメイン名の取得を依頼したこともない。
イ 登録者住所地に登録者登記は存在せず、登録者ホームページも稼働していない。さら
に、申立人代理人が登録者に電話をかけたものの、何らの応答もない。
ウ 本件各商標は、世界的に周知・著名であるため、登録者が本件各商標を知らなかった
ことはおよそありえない。
(3)登録者の当該ドメイン名が、不正の目的で登録または使用されていること
ア 本件各商標は周知・著名なものであるから、登録者が本件ドメイン名の登録について
権利又は正当な利益を有する特段の事情が存在することを明らかにしなければ、不正の目
的で登録または使用されたものといえる。
イ 申立人在米代理人が登録者に対し、本件ドメイン名が申立人の商号及び周知表示であ
ることを指摘してその使用の停止及び譲渡を要求したところ、登録者が本件ドメイン名の
売却を要求した。
ウ 登録者は、ドメイン名の登録費用等を遥かに上回る金員の支払いの要求を暗に示唆し
た。
(4)以上のとおり、登録者の本件ドメイン名は、申立人の商標と同一または混同を引き
起こすほどに類似し、登録者は本件ドメイン名について正当な利益を有していない、そし
て、本件ドメイン名は不正の目的で登録され使用されている。
 よって、申立人は、本件ドメイン名登録の申立人への移転を請求する。

b 登録者の主張の要旨
(1)申立人は、本件各商標につき権利または正当な利益を有しないこと
ア 申立人は、本件各商標の商標権者である米国シティバンクから専用使用権の設定を受
けておらず、単なる通常使用権の許諾を受けているのにすぎないので、本件各商標の排他
的な権利については無権原であり、申立人の主張はすべて失当である。
イ 申立人は、海外では著名であるが、国内において著名性を有するものではない。さら
に、「CITIBANK」という名称は、日本国内では観念上一般名称となっており、本件ドメイ
ン名について排他的権利を主張することは難しい。
(2)登録者は、本件ドメイン名に関する権利及び正当な利益を有していること
ア 本件ドメイン名の登録
 平成20年7月16日付で在日営業所が閉鎖された米国シティバンクと登録者は、登録
者のインターネットサービスについて取引があった。本件ドメイン名は、米国シティバン
クから登録者がドメイン名取得の依頼を受け、平成13年3月26日に米国シティバンク
名義で登録をしたものであり、登録者はドメイン名の登録維持料の支払いを受けていた。
 本件ドメイン名の登録維持料の米国シティバンクからの最終振込は、平成18年3月1
3日であり、その後の支払いはない。
イ 本件ドメイン名の放棄
 登録者は、米国シティバンクの未払いがあり、米国シティバンクの在日営業所が閉鎖さ
れ、登録者としての資格を喪失した後も、本件ドメイン名につき事務管理(民法697条)
を行い、登録を維持していた。
 登録者が、米国シティバンクの在米代理人に登録者と米国シティバンクの取引や支払い
の履歴の確認を何度も求めてもまったく対応がなく、米国シティバンクは本件ドメイン名
に関する通知を放置した。登録者は、米国シティバンクの在米代理人に対し、同代理人に
よる放置を本件ドメイン名の放棄とみなし、沈黙は認めたこととするとの最終通知を平成
21年8月31日に行ったが、平成21年11月3日まで再度沈黙となったことから、登
録者は、最終通知通り米国シティバンクは本件ドメイン名を放棄したことを確認した。
ウ 本件ドメイン名の取得
 ドメイン名は管理可能な無体物の「物」である。
 登録者は、本件ドメイン名の保管料債権があることから、事務管理として保管していた
ドメイン名について先取特権(民法320条)をもとにそのまま占有することにした。
 また、民法239条第1項からすると、「知的財産という無体物を無主物であれば先占で
きる」と解釈できる。
 したがって、登録者は、民法第239条1項の明文規定から、放棄により所有者のなく
なった本件ドメイン名を、所有の意思をもって占有することによって、その所有権を取得
した。
エ 本件ドメイン名の使用の準備
 登録者は、米国シティバンク名義で登録したドメイン名をmoving.citibank.jpに登録変
更を行い、本件ドメイン名を将来的に使用する準備を進めている。
(3)本件ドメイン名は不正の目的で登録または使用されていない。
 登録者が再三再四、米国シティバンクに、取引や支払いの履歴の確認を求めても、全く
対応がなかった。このことから、「お前(当社)の取引していた法人は閉鎖されていて、債
務はうち(新会社や米国シティバンク)には無い。知的財産権でドメイン名を巻き上げる
だけだよ」という申立人や米国シティバンクのスタンスだと思われた。
 登録者は、債権なりコストなりを回収するために本件ドメイン名を正式に取得すること
を考えたのであり、正当な目的である。

5 争点および事実認定
 規則第15条(a)は、パネルが紛争を裁定する際に使用することになっている原則に
ついてパネルに次のように指示する。
 「パネルは、提出された陳述・文書および審問の結果に基づき、処理方針、本規則およ
び適用されうる関係法規の規定・原則、ならびに条理に従って、裁定を下さなければなら
ない。」
 方針第4条aは、申立人が次の事項の各々を証明しなければならないことを指図してい
る。
 (i)   登録者のドメイン名が、申立人が権利または正当な利益を有する商標その他表示と
          同一または混同を引き起こすほど類似していること
 (ii)  登録者が、ドメイン名の登録についての権利又は正当な利益を有していないこと
 (iii) 登録者のドメイン名が、不正の目的で登録または使用されていること

 以下、これに従って検討する。
(1)同一又は混同を引き起こすほどの類似性(処理方針第4条a(i))
ア 本件ドメイン名は、「CITIBANK.JP」である。本件ドメイン名の「.JP」は日本の国別
コードを示すトップレベルドメインであり、特段の識別力を有するものではない。したが
って、識別力を有する要部は、「CITIBANK」である。
イ 申立人の関連会社である米国シティバンクは、いずれも「CITIBANK」又は「citibank」
の文字を用いた構成からなる登録第1447343号商標、登録第3176413号商標、
登録第3221808号商標、登録第4469518号商標、登録第4802712号商
標、登録第4910939号商標(本件各商標)を有していることが認められる。代表的
なものとして、「CITIBANK」につき、指定商品を16類:印刷物とする登録第14473
43号商標や「citibank」につき指定役務を36類:クレジットカード利用者に代わってす
る支払いの代金の清算、インターネットを利用した公共料金等の徴収代行のための利用明
細情報の提供、インターネットを利用した金融・財務・保険に関する情報の提供、インタ
ーネットを利用した金融・財務・保険に関する助言・指導等とする登録第4802712
号商標がある(申立人提出資料(以下、「甲」という。)2-1~6)。
 申立人は、シティグループの関連会社であり、これらの商標を使用することにつき許諾
を受けていることから、本件各商標は申立人が権利または正当な利益を有する商標である。
 これに対して、登録者は、登記登録上申立人が専用使用権の設定を受けているとの事実
は認められず(乙6)単なる通常使用権に過ぎないので、申立人は本件各商標について排
他的な権利を有しないと主張する。しかし、申立人は米国シティバンクを含むシティグル
ープ関連の日本法人であり、かつ本件各商標につき商標権者である米国シティバンクより
許諾を受けているのであるから、専用使用権の設定の有無にかかわらず、本件各商標につ
き正当な権利を有する。
ウ また、本件各商標の要部が「CITIBANK」または「citibank」にあることは明らかで
ある。
エ 本件ドメイン名と申立人が権利または正当な利益を有する商標を対比すると、要部で
ある「CITIBANK」または「citibank」において共通または小文字と大文字の違いがある
だけであるから、本件ドメイン名は、申立人が権利または正当な利益を有する商標と同一
または誤認混同を生ずるほどに類似していると認められる。
 したがって、本件ドメイン名は、申立人が権利または正当な利益を有する登録商標と同
一または混同を引き起こすほど類似しているといわなければならない。
(2)登録者の本件ドメイン名の登録についての権利又は正当な利益の存否(処理方針第
4条a(ii))
ア 登録者は、「CITIBANK.JP」という名称又は「CITIBANK」といった名称で一般に知
られていた事実はなく(処理方針第4条c(ii))、本件ドメイン名の登録者住所地に登録者
登記は存在せず(甲4)、登記簿上の本店住所地にも登録者の本店は存在しない(乙1の1、
乙1の3)。登録者は、本件ドメイン名の登録者住所地に、平成19年4月25日から平成
20年4月30日までの期間定期賃貸借契約を締結していたものの(乙1の2)、その後は
バーチャルオフィスサービスにより郵便物を取り次いでもらう等の対応をするのみで、事
務所は存在しない。本件ドメイン名の登録者電話番号は不通となっており、ファックス専
用となっている(乙1の3)。また、登録者ホームページも製作中である旨表示されるのみ
で、稼働していない(甲5、乙1の3)。
イ 登録者も認めるとおり登録者は申立人と何ら取引関係はなく、申立人が登録者に対し
本件各商標の使用を許諾した事実や本件ドメイン名の取得を依頼した事実もない。
ウ もっとも、登録者は、平成20年7月16日に在日営業所が閉鎖された米国シティバ
ンクから、在日営業所を通じて本件ドメイン名取得の依頼を受け、平成13年3月26日
に米国シティバンク名義で本件ドメイン名を登録し、米国シティバンクから本件ドメイン
名の登録維持料の支払いを受けてきたが、平成18年3月13日に最終の振込がなされた
以後、支払いはないと主張する。
 しかし、このような事情があったとしても、それは米国シティバンクとの関係で決済さ
れるべき問題である。また、登録者の主張によると、米国シティバンクは、米国シティバ
ンクを登録者としての「CITIBANK.JP」ドメイン名の取得及び管理を依頼していたのであ
り、米国シティバンク名義からmoving.citibank.jp名義への変更は許諾しておらず、当該
登録変更は、米国シティバンクに対する上記未払い債権やコストを回収するために、米国
シティバンクに無断で登録変更を行ったものであって、登録者は現に本件ドメイン名を使
用してこなかったのであるから、登録者において本件ドメイン名に関係する権利又は正当
な利益を有するとはいえない。
エ 登録者は、ドメイン名について当該ドメイン名の登録者は所有権を有すると解釈し、
ドメイン名の所有権放棄にともなう無主物先占を主張するが、ドメイン名について登録者
が有する権利はJPRSに対する債権的な権利にすぎず、本件ドメイン名を所有権の対象と
観念する余地がないことは明らかであるから、登録者の主張する無主物先占の主張は法的
前提を欠くものであり、採用できない。
オ なお、登録者は、申立人ないし米国シティバンクの在米代理人とのやりとりの後すぐ
に本件ドメイン名を活用するための準備を始めたとしてウェブサイトの新設の構想を主張
するが、具体的な準備に関する主張はなく、本件ドメイン名の使用の準備をしていたとは
いえない(処理方針第4条c(i))。
(3)不正の目的での登録及び使用(処理方針第4条a(iii))
ア シティグループは、アメリカをはじめ、日本、イギリス、ドイツ等世界100カ国以
上で事業を展開し、個人向け及び法人向け銀行やクレジットカード、投資銀行、証券など
の事業を行っている世界的に著名な金融事業を行う企業グループであり、申立人は同シテ
ィグループの日本法人である。シティグループ及び申立人は、日本及び全世界に向けて、
本件各商標を広範に用いており、「CITIBANK」商標は日本国内においても著名なものとい
える。
イ 申立人ないし米国シティバンクの在米代理人が登録者に対し、本件ドメイン名が申立
人の商号及び周知表示であることを指摘して本件ドメイン名の使用の停止及び譲渡を要求
したところ、登録者は、「権利の移転料を「一度だけ」金額を提示していただこうと思いま
した。それが弊社で納得がいかなければ、すぐ第三者に売却なり委託をして、あとはそち
らでやりとりしていただく、ということにいたしたく存じます。弊社は清算の段階ではな
く休眠の段階ですが、債権だけでなく債務の処理を行っていることや、商法の規定におい
て利益追求をしなさいとされている株式会社でもありますことから、高い金額の方が良い
ことになります。」、同代理人「の言う穏便な形で権利を移転しても、またCitibank側でま
ともに引き継ぎがなされず、ドメイン名の消失や停止なりが起きては、移転した者として
残念な思いをしてしまいますので、将来8年分の更新を行って、移転手続きをしてさしあ
げようと思いました。これは単なる老婆心にも似た気持ちです。」(甲6、乙11の2)な
どと記載したメールを同代理人に送っており、高い金額の方がよいことを伝えたうえで一
度しか金額提示の機会を与えず、当該提示金額に納得いかなければ第三者に売却すること
や将来8年分の更新を行ったうえで移転することを考えている旨を伝えることによって、
申立人ないし米国シティバンクからの高額な移転金額の提示を引き出そうとしていたとい
うことができ、本件ドメイン名の新規登録料や更新料を上回る金員の支払いを暗に示唆し
ていたことが認められる。
ウ そして、登録者は本件ドメイン名の権利を取得することを考えることになった動機と
して、米国シティバンクに対する債権なり本件ドメイン名にかかったコストを回収し、本
件ドメイン名の債権を売却することを挙げている。
エ 以上の事情を総合すると、申立人ないし米国シティバンクに対して、当該ドメイン名
に直接かかった金額を超える対価を得るために、当該ドメイン名を販売することを主たる
目的として、当該ドメイン名を登録者名義に登録したと認められる(処理方針第4条b(i))。
 したがって、登録者の当該ドメイン名が、不正の目的で登録または使用されているとい
うことができる。

6 結論
 以上に照らして、紛争処理パネルは、登録者によって登録されたドメイン名
「CITIBANK.JP」が申立人の商標と混同を引き起こすほど類似し、登録者が、ドメイン名
について権利又は正当な利益を有していない、登録者のドメイン名が不正の目的で登録さ
れ且つ使用されているものと裁定する。
 よって、方針第4条iに従って、ドメイン名「CITIBANK.JP」の登録を申立人に移転す
るものとし、主文のとおり裁定する。

   2012年1月18日


    日本知的財産仲裁センター紛争処理パネル
               牧 野 利 秋
               単独パネリスト



別記  手続の経緯

(1)申立書受領日
      電子メール及び書面 2011年10月28日(電子メール)及び31日(書面)
(2)手数料受領日
      2011年10月28日  申立手数料の受領確認
(3)ドメイン名及び登録者の確認
      2011年11月2日  JPRSへ照会
      2011年11月2日  JPRSから登録情報の確認
      確認内容:申立書に記載された登録者はドメイン名の登録者であること
(4)適式性
      日本知的財産仲裁センター(以下、センターという。)は、2011年11月2
    日に、申立書が処理方針と規則に照らし、申立書が適合していることを確認した。
(5)手続開始日  2011年11月2日
      手続開始日の通知  2011年11月4日に申立人、登録者、JPRS及びJPNIC
    へ通知(電子メール及び郵送)
(6)登録者への通知日及び内容
      1) 2011年11月4日(電子メール及び郵送)
      2) 申立書及び証拠等一式
      3) 答弁書提出期限  2011年12月2日
(7)答弁書の提出の有無及び提出日
    センターは、2011年12月2日、答弁書を受領した。答弁書の記載事項及び
    添付書類は処理方針と規則に適合していたが、補則所定の字数を大幅に超過してお
    り電子メールによる文書ファイルの送信も欠けていたため、同月7日、本文補正の
    意思の有無を確認する答弁書不備通知書を電子メールにより送信したところ、翌8
    日、補正の意思がある旨の回報を得たので、12月19日までに補正答弁書を書面
    および電子メールにより提出すべき旨を通知し、12月19日(電子メール)及び
    21日(書面)に補正答弁書を受領した。
(8)パネリストの選任  2011年12月21日
      申立人は1名のパネルによって審理・裁定されることを選択。
      中立宣言書の受領日:2011年12月28日
      パネリスト:牧野 利秋
(9)紛争処理パネルの指名及び裁定予定日の通知
      2011年12月22日  JPNICおよびJPRSへ通知(電子メール)
                              申立人および登録者へ通知(電子メール及び郵送)
      裁定予定日:2012年1月18日
(10)パネリスト指名書及び一件書類受け渡し
      2011年12月22日(電子メール及び郵送)
(11)パネルによる審理・裁定
      2012年1月18日  審理終了、裁定。